黒猫の見る夢 if 第10話 |
帰宅するとすぐに風呂に入れられたルルーシュは、もう二度とスザクの手では入浴したくないと、疲労を滲ませながらバスタオルに包まっていた。 シャワーは高い位置から掛けるから怖いし、洗う手つきはガサツで乱暴だ。 その上お湯は熱い。 まあ、おかげであのカートに乗った時についた獣臭さと、押さえつけられたときについたあの猫の臭いは消えたが、弱り切り、疲労した体にこの入浴はかなり辛かった。 スザクは買い物に行って疲れたのかなと、ぐったりとしてしまったルルーシュの体を、くるまっているバスタオルで拭いているのだが、その手も乱暴で、小動物相手には力を入れすぎていて、気持ちは嬉しいのだが、全身を揺さぶられてまるで乗り物酔いをしたかのように頭がくらくらしてきた。 頼むから、もうやめて欲しいというのが、ルルーシュの本心だった。 この体力馬鹿は力加減をわかっていない。 体が小さいのだから、それに力も合わせて欲しい。 スザクは小さな体をある程度拭き終わると、洗いたてのバスタオルにルルーシュをくるみなおし、いま使ったものと、帰りに着ていたパーカー、ブランケットなどを洗濯機に放り込んだ。 あいつらの匂いはさっさと消してしまいたい。 そう思い、洗濯機のスイッチを入れる。 部屋に戻ると、ルルーシュはバスタオルから動くことなくそこにいた。 せっかく元気になってきていたのに、あんなに走るなんて無茶だったんだ。 こんなに疲れきってしまって。 お風呂に入ったことで少し楽になればいいんだけど。 相変わらず、伝わってほしい気持ちは一向にスザクには伝わらず、勘違いしたままのスザクは、ルルーシュのミルクの用意を始めた。 目の前に並べられたのは、子供用食器(猫柄)に入れられたミルクと乾燥餌。 ルルーシュは、それらを見て、ぷいと顔をそむけた。 「ルルーシュ。哺乳瓶が嫌だって、今朝飲んだ後噛み切っちゃったのは君なんだから、あきらめて自分で飲みなよ」 スザクはそう言いながら、床に置いたそれらの前からルルーシュが動かないようにしっかりと押さえた。少し寝たことでいくらか元気を取り戻したルルーシュは、全身で嫌だと訴えてきた。 「ふみゃあ!にゃあ!みゃあ!」 (貴様!俺に猫のように餌を食えと!地べたに這いつくばるのが似合いだと言うつもりか!) ふざけるな! 必死の抵抗を見せるルルーシュに、スザクは眉を寄せた。 ルルーシュの性格を考えれば、犬猫がテーブルを使うなどありえない!床で食わせろ!と言うだろうから床にしたのだが、やはりテーブルを使うべきだろうか。 一応食器は犬猫用ではなく、子供用を用意したから、食器での文句ではないはずだ。 乾燥餌はともかく、ミルクは今まで飲んでいたものだしこちらも問題ない。 となると、やはり姿はどうであれ、ルルーシュは人なのだから、場所での文句かな。 「わかったよ、じゃあテーブルに移動しようか」 と、ルルーシュを片手で抱え、ミルクと乾燥餌をテーブルへ移動した。 「うみゃあ」 (どうしてお前は猫の言葉がわかるんだ) 「なんとなく、君が言いそうなことはわかるよ」 「みゅう」 (このイレギュラーが) ルルーシュを腕に抱いたまま、スザクも席に着いた。 一緒に食べようと、帰宅する際にお弁当を買ってきていたのだ。 「うにゃぁ、にゃあにゃあ」 (お前、そんなものばかりだと体に悪いから自炊しろ) 「無理。僕はいいから、ほらルルーシュ」 ルルーシュをテーブルに乗せようとするが、思いっきり抵抗されてしまい、テーブルの上に乗ってくれない。 「にゃう!」 (テーブルに乗るなど行儀が悪いだろ!) 「でも、君じゃ椅子には座れないだろ。わかったよ、じゃあこのままでいいかな」 スザクはルルーシュを腕に抱き直し、口が届くよう皿を近づけた。が、ルルーシュはぷいと顔をそむけた。 「もう、今度は何?・・・あ、そうか。忘れてた」 そう言うと、スザクはルルーシュを抱えたまま、先ほど買ってきた荷物をごそごそと漁り始めた。 手にしたのは子供用スプーン。 もちろん猫柄。 「お皿から直接は君、無理だろ?」 だから買ってきたのを忘れてたよ。 そう言うと、そのスプーンでミルクを掬い上げ、口元へ持ってきた。 それをルルーシュはじっと見つめた。 「・・・」 「これでも駄目かな?」 そう不安げに聞いてくるスザクを一度見上げた後、仕方ないなと諦めたように、ルルーシュはスプーンへ舌を伸ばした。 カテーテルは拒否し、皿から直接口にするのも拒否した。それにはそれぞれ理由があるからだ。だが、こうして人として扱われた以上、拒絶する理由は思いつかない。 どの道哺乳瓶で散々飲まされていたのだ。今ここで死ぬわけにはいかない以上、最低限の栄養は取らなければいけない。 少しずつではあるが、ミルクを自力で摂取しているその様子に、スザクは知らず感動していた。 「ああ、良かった。これでも駄目ならどうしようかと思ってたんだ」 嬉しさを滲ませたその声音に、ルルーシュはスザクを見上げた。 本当に、お人好しだな。 何も口にしないのであれば、皇帝のように無理やりこの胃に栄養を流し込めば済む話だというのに、あくまでもこの猫を人間であるルルーシュとして扱ってくれている。 まあ、猫であることには変わりないから、用意されるものはあくまで猫用ではあるが、それでも人として扱われていることはよくわかる。 「ん?どうしたの?ああ、こっち食べるかい?」 そう言いながら、スザクは乾燥餌をスプーンで掬った。 ガサリと音を立て、掬い上げられたそれに、思わず目を細めた。 猫の餌。 さすがにそれは口にしたくはないと、ルルーシュは顔をそむけた。 予想通りの反応に、スザクは苦笑する。 「ルルーシュ、食べてみてよ。これが一番おいしかったし、栄養も成分もちゃんと調べて問題ないって確認済みだから。ね?」 そう言いながら、ルルーシュの口元へスプーンを持ってきたスザクの言葉に、ルルーシュは思わず振り向いた。 「うにゃあ?」 (一番おいしかった?) 「ん?ああ、どれがいいか判らなかったから、いろいろ取り寄せて、ロイドさんとセシルさんに成分調べてもらったんだ。中にはおかしなものが混ざっている物もあるからね。そしてOKが出たものを試食しみて、これが一番美味しかったんだよ」 「にゃあ!?」 (食ったのか!?) 猫の餌を!? 「大丈夫だって、僕が一兵卒時代に配給されたレーションよりずっと栄養価があるし、美味しいから」 いい素材使ってるよ、この猫餌。 「ふにゃ?にゃうにゃにゃ!?」 (なんだと!?猫餌よりひどいものを食べていたというのか!?) おのれブリタニア! 植民地の人間だからと猫以下の扱いをしていたの言うのか! ルルーシュの怒りの矛先が違う方向へ行ったことに気がついたスザクは、憤慨しているルルーシュの小さな頭を撫でた。 力の入ったそれに、ルルーシュの耳は伏せられ、目もぎゅっと閉ざされた。 「ルルーシュ。今は君の食事の問題だよ。まあ、猫の餌ではあるけど、甘さのない固いビスケットだと思って食べてみてよ?」 そう言いながら再びスプーンで乾燥餌を掬い、自分の口に運ぶ。 カリカリと音を立てながらそれを咀嚼すると、スザクは再びスプーンに掬い上げ、今度はルルーシュの口元へ運んだ。 スザクに味見までさせてしまったのだ、さすがに食べないわけにはいかないか。 だが。 「うにゃ」 (このままで食べれるか) そう鳴きながら、スプーンをその前足で押した。 その勢いで、スプーンの中のものがミルクの中へぽちゃぽちゃと音を立てて落ちていく。 「ああっ!?何してるんだよルルーシュ、そんなに嫌なの!?」 スプーンの中身が全部ミルクの中へと落ちてしまい、眉尻を下げスザクはそう言った。 「ふにゃ」 (この馬鹿が) 「なんで?美味しいから食べてよ。いくらなんでもミルクだけじゃ持たないよ」 「にゃあ」 (そうじゃない) ルルーシュはそう鳴きながら、スプーンを持つスザクの手を前足でつついた。 「何?ミルクが飲みたいの?」 その問いにルルーシュは首を横に振る 「ごちそうさまは駄目だよ。ぜんぜん足りてないんだから」 その問いにも横に振る。 「なら何?」 今の君の考え、全然理解らないよ。 そう言いながら、再び乾燥餌をスプーンに載せ、ルルーシュの前へ持ってきた。 「うにゃぅにゃあ」 (どうしてこういう事は伝わらないんだ) ルルーシュはそのスプーンにも前足を伸ばしたが、今度は上に乗っていた餌はミルクには落ちなかった。顔をあげてみてみると、眉を寄せ、不機嫌そうな顔でスザクはじっとルルーシュを見ていた。 「みぃ、にゃあ、ふにゃあ」 (餓死寸前で、ミルクしか胃に入れてないのに、こんな固形物を食わせる気か) ミルクでやわらかく戻さないと無理に決まっているだろう! 人間だって、しばらく食を断った後は重湯から口にし始め、段階を経て固形物に戻す。そのぐらい解かるだろうと訴えても、さらに眉を寄せるだけで一向に伝わらない。 こういう内容こそ伝わってほしいのにと、ルルーシュはあきらめてスプーンに乗った乾燥餌に口をつけた。 その様子にスザクは喜んだが、ルルーシュが銜えた餌をミルクへぽちゃりと落したので、再び機嫌を悪くした。 「ルルーシュ、食べ物で遊ばないの!」 「ふにゃあ!!」 (遊んでない!!) 「じゃあなんだよ?」 「にゃあ!」 (いいから掬え!) ルルーシュが前足でミルクの入った皿を触ると、スザクは乾燥餌を皿に戻した後ミルクを掬いあげた。 「にゃあ!」 (だから違う!) なぜか怒っているルルーシュに、スザクは眉を寄せた。 そのまま動きを止めた手に、苛立ちを込めてルルーシュは噛みついた。 とはいっても甘噛みなので痛くはない。 痛くはないが、いまスザクがミルクを掬ったのは違うという意思表示であることには気がついた。 ミルクの皿を示しながら、ミルクを掬うと違うという。 もしかして。と、ミルクに浸され溶けかけている乾燥餌を掬いあげ、ルルーシュの前へ差し出した。 「にゃう」 (やっとわかったか) ルルーシュはそう鳴くと、ミルクに溶けだしたその餌に舌を伸ばした。 柔らかくなった表面を舐め取るその姿を見ても、スザクには意味がわからないようだ。 「にぃ、みい」 (食べれる味だが、美味くはないな) まあ、猫のミルクも正直美味く感じないのだから、味覚は人間のままなのかもしれない。 やわらかくなった餌を、ゆっくりと、それでもある程度の量を食べ終わると、スザクはあからさまにほっとした表情をした。 その後セシルにその話をし、やわらかいものを段階的に食べさせなければいけないことを説明をされるまで、スザクはどうしてルルーシュがそういう行動をとったのか理解できなかった。 |